
江戸時代に南部の殿様が吉原で辻斬りをし御用役人に追われていたが、ある町の豆腐屋に逃げ込み難を逃れた。
殿様は参勤が終わって帰盛の時、豆腐屋の主人へ「もし困ったときは、南部盛岡に来い」と告げて別れた。
その後、豆腐屋は盛岡に来て、殿様から茅町(現在の材木町)に家をもらい豆腐屋を開業した。
当地の大豆を用いて豆腐を作り売り出したが、非常においしい豆腐だったので「江戸豆腐」といわれ城下の大評判となった。
しかし、年老いた豆腐屋の主人は家族に「死後は南に面して葬ってくれ」と遺し他界した。
豆腐屋の主人の逝去を聞いた殿様は、一体の地蔵尊を刻ませ、墓所を設け冥福を祈った。町の人々は参拝に都合の良いよう通りに向けて地蔵を安置したが、いつの間にか南を向くため、人々は「江戸生まれなので、故郷の江戸の方向を向くのだろう。」と噂した。
いつしか、この地蔵尊の前には豆腐が供えられるようになった。
“光台寺”へのアクセス
| 名称 | 衆宝山法性院光台寺 |
|---|---|
| 住所 | 〒020-0016 岩手県盛岡市名須川町8-4 |
| アクセス | 電車:上盛岡駅 → 【徒歩6分】 光台寺 バス: 盛岡駅 → 【バス12分】 北山 → 【徒歩1分】 光台寺 自動車: 盛岡南IC → 【車25分】 光台寺 |
| 駐車場 | あり |